大学進学での引越し

大学進学のために滋賀へ引越すことになった。 正直滋賀県がどこにあるのか知らないかったし、 それどころか滋賀と佐賀の区別もついていなかったので、 それでよく滋賀の大学に受験したものだと思う。 受験の時は実家から夜中三時に父の車で送ってもらったので、 車中では眠っていてどこを通ってきたのか、どっちの方向に向かったのかさえわかってなかった。 合格すれば奇跡のように言われていたので、 私自身もそれぐらいの心持で挑んだのがかえって良かったのか合格してしまった。 そしていざ滋賀に引越すことなって初めてなんとなくの場所を把握した。

実際引越してみて一番にぶち当たったのは言葉。関西弁で、話しのテンポが違って戸惑う。 大学には他の県から来てる人もいっぱいいるので、 関西弁でも地方で方言もいろいろだと教えてもらったが、 関西圏以外から来ている私にしてみると関西弁の地域ごとの違いを見抜くことは難しかった。 それでもなれればうつるもので、 地元に里帰りした時に友人に言葉遣いを指摘されてなんだか気恥ずかしかった。 そんな感じで滋賀にも馴染んでいって、 滋賀の地元トークも自分からはできないものの聞いていて違和感がなくなったし、 実感として納得できることも増えていった。

結局滋賀に引越してきてもう10年以上になるので、 滋賀の空気は私に合っていたのだろう。 受験と一緒で気負わず引越してきたのでなんでも新鮮だったし、 基礎知識がないので先入観もそれほどなかったし、 琵琶湖があるところというのも分かっていたかもあやふやなくらいだったのに、 県内で単身引っ越しをする時も琵琶湖からそれほど離れることない場所に自然になっている。 水辺の近くで生活するのは良いものだと思う時があるので、 琵琶湖のある滋賀はやっぱり私に合っていたのだと思う。

大学時代、地元から東京の港区へ単身引越ししました

私は学生時代、地元から東京の港区へ単身引越ししました。 家庭の諸事情で両親からの仕送りが一切なかった私は、 新聞奨学生として働きながら大学へ行くしか東京での学生生活はできませんでした。 そのため、新聞奨学生という選択肢を選んだのですが、住み込み寮が港区だったので、 周りにあらゆる店があるため、引越し荷物はそれほど持たず、 段ボール数箱のみの単身引越しとなりました。

アパートで一人暮らしともなれば、港区内では家賃が高すぎるため、住めなかったと思います。 しかし、住み込み寮だったため、港区といった好立地で生活することができて、本当に良かったです。 住み込み寮は、ある程度の棚も寮の個室に完備されていたため、 必要最低限の荷物だけで引越しできましたが、私が引越してきた当日は、 他の学生数名もその寮に引越してきたため、寮が段ボール荷物でいっぱいでした。 しかし、先輩学生たちが荷物を部屋に運び入れるのを手伝ってくれたため、 引越し作業もスムーズに終えることができました。

仕事にも慣れ始めた頃、同じ港区内にあるディスカウントショップなどに、先輩方が連れて行ってくれ、 必要な家財等を買い足していました。 家電類は寮にもあるため、私は買い足すといってもそれほどモノは買いませんでしたが、 山手線沿線内はなんでも店があるため、いつでも好きなときに必要なものを買えるのが嬉しかったです。 私はこの後、1年間新聞奨学生をやりきった後に、 港区から川崎へと引越ししアパートで一人暮らしを始めました。 このときも引越しを新聞寮の同僚たちから手伝ってもらいました。 レンタルした2トントラックでの単身引越しでしたが、 今でも楽しかった思い出として記憶に残っています。

板橋区の大山は一人暮らしビギナーには最適な街だった!

私は実家が鹿児島県にあるのですが、大学進学に合わせて念願の東京進出を果たし、板橋区の大山で一人暮らしを始めました。

大山は池袋から東武東上線ですぐの所にある下町の雰囲気が残っている街で、買い物に必要なインフラは一通り揃っているので、一人暮らしビギナーには住みやすい街だと思っています。

私は大学進学が決まり、すぐに上京して家探しをしたのですが、高校の先輩も同じ板橋区内で一人暮らしをしていて、結構快適だと聞いていたので大山でのアパートを見つけて一人暮らしをスタートさせたのでした。

確かに暮らしやすい大山なのですが、一人暮らしビギナーにはやはり思ってもみないようなトラブルが結構起こりました。

何より東京自体がビギナーですから、地名を聞いてもどこがどこなのかサッパリわかりません。

区役所の場所やガス会社、電気会社、水道会社など、一人暮らしを始めるに当たって色々な場所に行って手続きをする必要があるのですが、当初は池袋と大山以外の地名がわからない状態だったので、初めのうちは本当に苦労をしました。

大学は同じ東武東上線沿線にありましたので交通は便利でしたが、学校帰りに川越経由で色々な場所に遊びに行ったりすると酔っ払った帰りに迷ってしまったりしていました。

一人暮らしを初めて改めて感じた事は、「東京って意外と物価が安いんだなあ」という事でした。

大山が特別なのかもしれませんが、野菜や肉などが鹿児島よりも安いような感じがしています。

買い物とかで物価を気にするようになったのは一人暮らしを始めてからなのですが、それでも体感として物価が思ったほど高くないのがわかります。

意外と暮らしやすいと思った東京。

大山で始めての一人暮らしをスタートさせて、本当に良かったと思っています。

千葉・実籾駅周辺での一人暮らし

学生時代に、千葉県の実籾駅の近くで一人暮らしをしていました。

大学3年次ときに、就活と通学両方をするのに便利だと思い、そちらへ引っ越しました。

以前の物件も千葉県内で大学のすぐそば、だったのですが都内へ出るのがちょっと不便な場所だったのが引っ越した理由です。

一人暮らし歴は、大学に上がってからずっとだったので、3年目ではありましたが、特に料理がそんなに好きじゃないことと、大学と就活とでとても忙しく、手早くすませるために食事はもっぱら外食か、スーパーでの惣菜でした。

実籾は駅周辺にファミレスがや惣菜店があり、帰り際に食べたり買って帰ったりするのに便利でした。

特に実籾駅でてすぐのサイゼリアにはすごくお世話になりました。

実籾の雰囲気は、都会から離れた、ちょっと田舎の街という雰囲気で、駅周辺こそすこしごちゃごちゃしていますが、離れると住宅街と公園と学校があるだけの、静かな街でした。

周りの物件は一人暮らし用よりも、家族向けが多かったように思います。

学校近くの物件だったためかもしれません。

駅周辺がごちゃついているとはいっても、夜歩いていても不安にならない程度で、実籾の治安はいい方だと思います。

一人暮らしをしていた家は、実籾駅から10分~15分くらいあるいたところのアパートで、5階建ての5階に住んでいました。

エレベーターがなくて毎日の上り下りは大変でしたが、その他、特に不満はありませんでした。

部屋の間取りは10畳くらいのワンルームで、最上階ということもあって、すごい広いベランダがありました。

あまり頻繁には洗濯機をまわさないので、広いベランダは溜まった洗濯物を一気に干すのに助かりました。

その他部屋の設備は、一人暮らし物件にありがちな感じで、キッチンはIHの1口コンロ、風呂トイレは一体型のユニットバス。

あまり料理をしませんでしたし、家でゆったりとお風呂につかるとかあまりなかったので、充分だと感じました。

その後も、もう一度一人暮らしの物件に引っ越しましたが、1度目の物件、実籾の物件、その次の物件と比べても一番住みやすかったのがこの実籾時代だったと思います。

ちなみに3度目の一人暮らし引っ越しは、都内でした。交通の便は良かったのですが、家賃が広さの割に高くて…ちょっと離れた千葉あたりで都内に通う方がよかったです。